プリンのお皿

プリンのお皿


昔からある特定の使われ方で登場する器や道具がある。それを見ると、その中身まで用意に想像できてしまう、そんな器。きっとどの家庭にもあるのだと思う。

たとえばわたしにとっては白い陶器の四角いお皿。小さかった頃母がマカロニグラタンをよく作ってくれた。

縁の角にこげたグラタンソースがこびりついたのを、一生懸命に小さなスプーンですくって食べた。今もこれを見るとその四角の陶器の皿は、他でもなく「グラタンの皿」であり、今でもその風景がありありと蘇るものとなった。

またたとえば小さな土鍋。これを見ると子供の私が風邪を引き、布団でうなっているところに真っ白いお粥とともに運ばれた、「お粥の鍋」として記憶が蘇り、これにたとえば湯豆腐をいれたとて、これは「お粥の鍋」以外のものにはなりえない。風邪を引いた時の辛さや、悪寒まで思い出してしまうのだからしょうがない。

実家の食器棚にはまだある、あの頃八宝菜をたっぷりいれてくれた深い皿、茶碗蒸しをあつあつで食べた黒茶の陶器のお茶碗。おでんの大きな鍋、、、、その器それぞれに、ある特定の思い出が染み付き、たとえ他のお料理がはいって出てきたとしても、その器は、私にとっては「シチューの皿」であり、「ポテトサラダの皿」なのだ。


私の食器棚にも、そんな器が、ある。それが、プリンの皿だ。

我が家ではいつからか大きくまとめて焼くプリンが定番になっている。アルミ製の型で焼いていたころもあったが、ふと試しで使ってみた、古いフランス製の楕円の皿、立ち上がりが6センチくらいもあり深さ、容量ともに、いつものレシピの内容量がぴたっとおさまり、しっかりした厚みからオーブンで長時間熱してもまったく問題ない安定感。焼いた姿はそのままテーブルに出せて、みなで好きなだけスプーンですくって食べられる、その自由さも子供たちには気に入られ、その時依頼この皿は、「プリンにぴったりな皿」となった。


さあ、今日の午後はプリンを作ろうかな。。。。

と独り言を言うと二人の大きな歓声。

「いつもみたいに、おおきく焼いてね。オーブンで焼く、ママのプリンが一番好き」とみーちゃんの念押し。さやちゃんはいつだってお菓子作りだけは一生懸命に手伝う。


カラメル作りは私がやる。マグマのようにもくもくやって、極限まで焦がして苦くしたほうが甘いプリンには合う。恐る恐るだった私も何度もやるうちに、かなりのところまで焦がせるようになった。それを遠目でみながらさやちゃんが卵を割る。小さな指を卵の殻に食い込ませて、危うげながらも、ボウルに卵を落とす。砂糖を入れて泡立て器でまぜるんだよ。と頼むと必要以上に張り切って、めいっぱいに振り回す。

牛乳にバニラビーンズを浸しておいて、火にかけて沸騰するのを待つ。

さやちゃんが泡立て器で動かし続けている卵のボウルの中に熱々の牛乳を少しづつ、少しづつ、

流し込む。立ち上る湯気が、甘い香りでさやちゃんはうっとりと「もうすでにプリンみたいな匂いがしてきたー」と大喜び。


茶こしで濾しながら「プリンの皿」へ。今日も今日とて、ぴったり、縁のギリギリでボウルの液体がなくなる。そーっとそーっと湯気でいっぱいのオーブンへ運び込む。

30分もたてば、黄色い、熱々の、甘いプリンが焼き上がる。粗熱とれたら楕円で、飴色のお皿のまま、冷蔵庫に入れ、程よく冷えたらそのまま食卓に、ぽんと、運ぶのだ。


道具は残る。大切に使っていれば、きっと私の命よりも長く、この器は残る。

実際にこの「プリンのお皿」だって、私が生まれた時よりももっともっと昔から、どこかの食卓の風景であった。


私と同じく、子供たちは未来にこの器を見たときに、プリンの情景は蘇るのだろうか。

飴色の、楕円形の、深いお皿。なにもはいっていなくても、これには、卵の黄色、バニラの香り、

甘い湯気の匂いが染み付いている。

この皿には他のおかずだって盛り付けるしサラダも煮込みも盛り付ける。

だけどやっぱりプリンは特別。


だから、きっとこれからも何度も、何度も作ろう。プリンを。


子供たちがこの皿を「プリンのお皿」と呼んでくれたなら、私はしめしめと、心の中で喜ぶに違いない。





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